長く木版画を中心に制作活動をしてきたのだが、数年前、自由に藍染をさせてくれるという紺屋さんの存在を知り、古いシャツを染めに行ってたちまち藍染の虜になった。野口藍染工場は工場という名前ではあるけれど、江戸時代から続く紺屋で、今は六代目親方の野口汎さんと修行中の息子さんが二人だけで、「長板中形」という型染めの浴衣地を染めている。
木版を彫ってきた経験からごく自然に、染めの型紙を彫ってみたいという衝動にかられた。さっそく渋紙という型紙を染色材料店に買いに行き、デザインナイフで彫ってみる。
白い布に型を置き、糊をペーストし、藍甕で染める。糊を水で洗う。透明な水の中でゆらゆらと揺れながら浮かび上がってきた白地の文様とそれをふちどる藍の輪郭の生むニュアンスは、うまく言えないけれど、「ああこれだ」と、じぶんがずっと探してきたものに近づいたような、宝物を見つけたような感覚をわたしにもたらした。
それからは、ただ夢中で楽しくて型を彫っては染めていた。薬品が苦手なので、和紙と柿渋で作られた渋紙も、もち米や米ぬかから作る糊も、藍甕に浸すだけで染まる藍という染料も、性に合っているのか、のびのびと作業できる。版木を彫る時間より渋紙を彫る時間のほうが増えて行った。