糊の力
八王子の野口紺屋に通って藍型染の布をつくっています。
野口紺屋は江戸時代からつづく紺屋でかつては日本橋にありましたが、関東大震災ののち八王子に移り、現在は六代目の汎さん、七代目の和彦さんがともに仕事をされています。野口紺屋がつくっているものは江戸浴衣と呼ばれる藍染の浴衣地です。伊勢型紙の精緻な柄を両面に白く染め抜いたもので無形文化財に指定され、「美の壺」や「イッピン」などのNHKの工芸番組でもその技術と質のすばらしさが紹介されてきました。
贅沢なことに、その江戸浴衣の精緻な文様(長板中形といいます)を染め抜くために親方がつくっている秘伝ともいえる糊を使わせていただいて、かわうそ兄弟商會の文様は染め抜かれています。
糊は米ぬかと餅米をパンのようにこね、蒸し、煮てつくられます。糊付けをする直前に型文様の細かさや、その日の湿度などに合わせ、石灰を加えて粘りの調整をします。柿渋紙に彫られた1ミリ程度の点にもしっかり糊が通り、染めあげたあと白い細かな点が藍色の布に浮き上がるよう、また、直径10センチ以上の広い面に糊をつけても糊がしっかり布に食いついて崩れることなく、白い円が現れるよう、粘りを調節するのです。
藍染めは藍甕に布を浸して引き上げ最短でも15分酸化させ藍色を得ます。一度だけでは濃くならないので、3回~4回、浸染と酸化をくりかえして染めあげます。少しずつ濃くしなければムラになってしまうので、浸染の時間は一度目が数秒、二度目1分~2分、三度目、四度目もやはり1分~3分のあいだで自分のめざす濃さを得るめカンで時間を決めます。藍甕によって得られる濃さはちがい、同じ甕でも日によって濃さが変わります。染めに行くたび、使わせていただく四つの甕の濃さの順序を聞いて(といっても、「たぶん今日はこれがいちばん薄くてこっちがかなり濃いと思うよ」という感じで、ときどき教えられたのとは順番がちがっていたりします。藍はつねに発酵しているため急に濃くなっていることがあり、実際に布を入れるまで正確な順序はわかりません。)糊は水溶性です。薬品は入っていません。成分は餅米、米ぬか、石灰だけです。すべての浸染と酸化の時間を合れば50分~1時間、水を含んだ状態にありながら、きちんと糊が置かれていれば糊は崩れません。最後の酸化を終えて水桶に入れると、たちまち糊が崩れはじめます。文様が崩れることなく白くきっぱり現れてくれるかどうか、毎回どきどきしながら糊を落としていきます。野口紺屋ではじめて型染をさせていただいて10年経ちました。最初のころは糊がうまく置けてなくて文様がところどころ崩れることもけっこうありました。糊の性質は上等なのですから箆で糊を置いたときの自分の技量が拙いのです。最近は、もう少し濃くしてみたくて浸染の時間を長くしたり回数を多くしたりしない限り、文様が崩れていることはほとんどなくなりました。それでも毎回、糊がすっかり落ちて文様が現れるまでどきどきします。そして文様が白くくっきり現れたとき、野口さんの糊の凄さにとことん感心するのです。