光が丘チャイハナさんでの展示が終わりました。お運びくださったみなさま、ありがとうございました。
最終日、搬出を終えて、山猫としやさんとマスター吉村さんとよもやま話。吉村さんから「いまの若いひとは『希望』ということばをどう使うのだろうか? それを聞いてみたかったのです」と。
わたしは団塊世代の山猫叔父さんやその世代よりやや上のマスターよりは年少であるけれど、「若い人」の範疇には入らないし、どう答えたらいいものかなかなか思いつけませんでした。
マスターやとしやさんが「若者」として生きて来た時代は、今日よりは明日、明日よりは…と、常に前へ前へ、大きく、新しく、より良くなる、という価値観があたりまえだった。その経験で今の若い人を見ると、自分たちの時代といかに違うか、と唖然とする。けれど、明日が、未来が、より良くなるという価値観に覆われていた自分たちの時代こそ特殊な時代で、たとえば、平安時代に生きたあるひとりの農民が、そういう価値観を抱いていたとは想像できない。「今日が無事過ごせれば、明日も同じように無事であればいい」、そう思って生きていたのではないかと。